| 社長のつぶやき |
| Vol1.法隆寺と木造住宅 |
法隆寺は木造で千三百年の歴史がある。だから木造住宅は長持ちするというのだという。
確かに法隆寺が木造なのは事実だし、千三百年持っているのも事実だが、「だから木造住宅は丈夫で長持ちなのだ」なんて言われると、首を傾げてしまう。なにか違う。
確かに木材と鉄とコンクリートを室内に陳列しておいた場合、千年たっても形が残っているのは木材だけだろう。鉄はさびてボロボロになってしまうし、コンクリートは風化して砂のようになるだろう。木材は表面はボソボソになっているかもしれないが、桧やひばの赤身なら、削れば新材のように香りを放つに違いない。
しかし、それには条件がある。腐りにくい環境におくことだ。もし土の中に埋めれば、鉄やコンクリートよりも先に朽ち果ててしまうだろう。湿度の多いところにおいても同様だ。
法隆寺は風雨にさらされていても千年以上もっているではないかと言う人もいるとは思うが、それはむしろ逆で、風雨にさらされているから長く持っているのだ。
そもそも、神社仏閣には人は住んでいないからすきま風が入ろうとお構いなし。住居だったら住んでいる人は寒いと文句を言うだろうが、神様や仏様は一言も愚痴を言わない。
それに、住居であれば中で炊事はするわ、風呂は沸かすわで水蒸気が出る。人の体からも多量の水分が出るが仏像は汗もかかないし風呂にも入らない。もし、法隆寺が「高気密高断熱寺院」で、しかも大勢の僧侶達がその中で生活していたら、千三百年どころか、百三十年ももたないだろう。
人間が住む限り室内に湿気は出る。高気密高断熱にして機械換気などで通気を図っても、コンセントやスイッチの穴や照明器具の取り付け部分、水道の配管箇所から壁内に進入した湿気はなかなか追い出せない。室内の湿気を壁の中に入れないなんて言うのは机上の理論で、従来の断熱手法では現実には難しい。
木材は湿気を吸ったり吐いたりして湿度を調整してくれるすばらしい素材であると言うのは正しい。しかし、そのためには吸った湿気を吐き出しやすい状況を作ってやらねばならない。吸った水分がなかなか乾かなければ、木材は腐って当然である。
材木屋なら野天に積んだ木材は雨に当たればすぐにビショビショになるが、それを乾かすのにはサン積みして通風を良くするなど、工夫や努力が必要だということは身にしみて知っている。しかし、その実際の知識や経験を知らず、まったく家作りに活かされていないところが多すぎる。なぜだろう?
木材は樹種によって、また産地によって性質は全く異なるし、白太と赤身でも違う。木材の良さを十二分に活かすには使い方がある。それを一番良く知っているのは木材のプロ、材木屋であるべきだ。
正直言って、現在の大多数の木造住宅は木材の使い方、樹種の選び方が無茶苦茶である。それを放置して法隆寺が千三百年持っているから木造住宅は長持ちするなんて言うのはとんでもない話だ。法隆寺を引き合いに出すのなら、木を見る眼を養い、材料を選ばなければならない。それが出来ないのなら、二度と法隆寺を引き合いに出して商売をするべきではない。
一般の木造住宅を建てるときに、神社仏閣ほどの配慮はないにしても、現在の住宅を見るにつけ、デザインや住宅設備機器には金をかけ、選ぶにも十分な時間を費やしているのに、最も大切なはずの構造材には金をかけず、安い方がよい、売る側も儲かればよいというような現状を情けなく思い、憤りを感じているのである。
私は、消費者や施工者に対して木材を選ぶことの大切さを訴え続けている。心の中で「構造材にこんな材料を使ったら二十年持つかなあ?・・」なんて思いながら商売している輩が法隆寺でも無かろうと思うのである。
なんにせよ、「木材は素晴らしい、木造住宅は長持ちする」と言うためには、素晴らしい木材、長持ちする材料を売らねばならない、使わなければならないということである。そして、その施工方法にまで口を出せるだけの知識を持っていなければならないのである。材木屋も大工もメーカーも手間を惜しんではならないし、もっと勉強する必要があると思う。
国産材の桧や杉は日本の気候風土にあっていて、外材でそれに匹敵するような性能を持ち、供給力があるのは米ヒバと米松くらいのものだろう。日本で薬品処理に頼らず五十年持つ家を建てるには、構造材は国産材を中心に使う必要がある。
消費者の利益を第一に考えた場合、「安い」ということだけではなく、何年持つかが大切である。紳士服の安売り店も、どんなに安くても二三度クリーニングに出すとよれよれになってしまう物は売れなくなった。
住宅の場合、「やっぱりダメだった」とわかるのに二十年近くかかるだろうが、絶対に品質を犠牲にしてはいけない。安かろう悪かろうの木造住宅の片棒を担いでいては未来はない。私は、法隆寺を引き合いに語れる材木屋で在りたいのです。
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